俺はどうやら人間性が皆無らしい

たけし

絶賛就活中、たけしです

久々に高校同期の友達とバドミントンをしてきた。

高校の部活、大学、インターン先も同じだったいわゆる”親友”と呼べるぐらい仲良い友達だと思ってる。(高校の頃は全く仲良くなかったけど)

就活の時期ということもあって、お互い将来のことだったり、自己分析的なことを話したりするわけですよ。

「結局お前は何がしたいの?」「なんで?なんで?なんで?な(ry」みたいな。

そんな感じで色々話していると「お前本当に人間?」って言われました。

日常生活でこんなシンプルながら聞かれないことランキング上位入賞間違いなしなこと言われる???

ホラー映画とかSF映画とかで人間に擬態した生物かと疑われる以外でこんなこと聞かれる???

個人的に親友にそんなこと聞かれてのショックで体内の穴という穴から水分が抜けてしまったのですが、スポンジのごとき吸水率で無事水分を回収することができました。

さて、無事に一命をとりとめたので親友になんでそんなことを言われたのか考えてみます。

”人間らしい”とは?

そもそも人間らしいってなんだろう。

パッと思い付くのは、感情表現豊かであるということ。

嬉しそうだとか、悲しんでるとか、顔をみると感情が読める、という人は”人間らしい”と言っていいだろう。

その観点からすると、俺はけっこう感情がすぐ顔にでる方だ。

ビビるぐらいゲラだからマジでなんでも笑う。

笑ってはいけないに出たら多分ぶっちぎりでケツバットされるし、マジ歌選手権に出たら設楽さんより先に牛乳吹くと思う。

イラついたことあったらすぐ顔にでるし、嬉しいことあるとすぐニヤニヤしてるし。

そういうことを考えるとあいつは感情表現が下手とか、おそらくそういうことを言いたかったんじゃない。

自己開示が下手

要は自己開示が下手なんじゃね?ってことだと思う。

よく学園ものの漫画とかで愛想はいいけどほんとは何考えてるのかわかんなくてだいたい裏の顔があるやついるじゃないですか?
(具体的なキャラは出てこないけど)

多分ああいう感じに映ってる。

愛想だったりコミュニケーション能力はあるんだけど、腹の奥では何を考えてるのかわからない。

だから”人間らしさがない””人間性が見えない”って言われたりしている。

結局人に嫌われるのが怖い

自己開示ができないのは、本当の自分を出して嫌われるのが怖いから。

周囲の人の中にそれぞれ自分がいて、自分がその他社の中の自分と違う自分を出してギャップに引かれないかが怖い。

でも、他者規定の自分に寄せていこうとすると自分がだんだん消えていく。

気づいたら周りの人にとっては都合がいいだけの人になってしまう。

ある意味哲学的ゾンビと一緒だ。

そうやって他者の期待だったりに寄せていくんじゃなくて、ありのままの自分を出してそれでも受け入れてくれる人を大事にしていくしかない。

その思考を刷り込むためにも嫌われる勇気を読み返してる。

自己肯定感、自尊感情を育てる

以前読んだすべてはモテるためであるにもかいてあったきがするんだけど(うろ覚えだから違う本かもしれない)

”人に好かれるかどうかは自分のことを好きかどうか”みたいなことが書いてあった気がする。

まさにこれ。

他者に自分のことを開示できないのは自分が自分自身のことをしっかり受け止めて認めてあげていられないからだと思う。

自己開示をする前に自分自身を好きになる、自己肯定感、自尊感情を育ててあげることが先決な気がしている。

まずは自分を受けいれるところから。

人間になるのは難しい。

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